ぶらぶら世界紀行|ジョージタウン(マレーシア・ペナン島)


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マレーシア・ペナン島の東側に位置するジョージタウンは、マラッカ海峡の入り口に面した港町です。中心部を歩くと、中国系の商店建築、インド系の寺院、マレー系のモスク、植民地時代の官庁建築が、数ブロックのなかに混在しています。看板にはアルファベット、漢字、タミル文字が並び、複数の文化が同じ街区に重なって暮らしてきたことが見て取れます。今回は、多民族都市としての日常、市場や屋台の食文化、そして自由港として形成された街の歴史を中心に観察してみました。

会話・市場・屋台

ジョージタウンの日常でまず目につくのが、言語の多さです。マレー語が国の公用語ですが、街では中国語(とくにペナンの福建語=ホッキエン)、タミル語、英語が日常的に使い分けられています。店先での会話が途中で言語を切り替わることも珍しくありません。マレー語の「Apa khabar?(お元気ですか)」が交わされる一方、別の店では福建語のやり取りが聞こえてくる、という具合です。

食文化は屋台(ホーカー)が中心です。チョウラスタ市場(Chowrasta Market)やキャンベル・ストリート市場(Campbell Street Market)といった生鮮市場のほか、通り沿いには麺料理やカレーを出す屋台が並びます。アッサム・ラクサ(魚と酸味のスープ麺)やチャー・クイティオ(炒め麺)など、中国系・マレー系・インド系の食が混ざり合った料理が日常的に食べられています。相席や持ち帰りが当たり前で、客と店の距離が近いのが特徴でした。

街区には「五脚基(ファイブ・フット・ウェイ)」と呼ばれる、ショップハウスの一階部分にある屋根付きの歩行空間があります。強い日差しや雨を避けて歩けるよう設けられたもので、買い物客や通行人がこの回廊を伝って移動していました。

街並み・建築・歴史

ジョージタウンは1786年、英東インド会社のフランシス・ライト(Francis Light)がペナン島に入植し、自由港として開かれたことに始まります。オランダの影響に対抗する交易拠点として整備され、中国・インド・アラブ・ヨーロッパなどから商人が集まりました。この成り立ちが、現在まで続く多民族的な性格の土台になっています。後にマラッカ、シンガポールとともに「海峡植民地(Straits Settlements)」を構成しました。

街並みの中心を占めるのが、ショップハウス(shophouse)と呼ばれる建築です。一階を店舗、二階以上を住居とする間口の狭い連棟建物で、前述の五脚基をそなえています。プラナカン(海峡華人、ババ・ニョニャ)の影響を受けた装飾タイルや木彫りの意匠が見られる建物もあります。港沿いには、福建省からの移民が姓ごとに桟橋を築いた「姓氏橋(クラン・ジェティ/Clan Jetties)」が残っており、海上に張り出した木造住宅が現在も使われています。

歴史的な街区一帯は、2008年にマラッカとともに「マラッカ海峡の歴史都市群」としてユネスコの世界遺産に登録されました。登録の対象は単独の建物ではなく、多文化が共存してきた街区の構成そのものです。近年は、2012年のジョージタウン・フェスティバルで描かれたエルネスト・ザカレヴィッチ(Ernest Zacharevic)の壁画をはじめ、ストリートアートでも知られるようになっています。

現地のことば「Apa khabar?」

Apa khabar?(アパ・カバール?)

マレー語で「お元気ですか/調子はどう」にあたる挨拶です。khabar はアラビア語に由来する「知らせ・便り」を意味する語で、交易を通じて言語が混ざり合ってきたこの地域の歴史を反映しています。ジョージタウンではマレー語のほか、福建語・タミル語・英語も日常的に使われています。

公共文化

ジョージタウンの公共空間として特徴的なのが、宗教施設の近接です。世界遺産地区のマスジッド・カピタン・クリン通り(Jalan Masjid Kapitan Keling)周辺には、モスク、中国寺院、ヒンドゥー寺院、教会が数ブロックの範囲に並んでいます。それぞれが現役の礼拝施設として機能しており、異なる信仰の建物が隣り合う街の構造を実際に確認できます。

港に近いエスプラネード(Esplanade)一帯には、フォート・コーンウォリス(Fort Cornwallis)や時計塔など、植民地時代の建造物が残っています。海沿いの広場は市民が散歩や運動に使う公共空間になっており、夕方になると涼みに来る人が増えます。

図書館・書店については、世界遺産地区内に改装されたショップハウスを利用した小規模な書店やカフェが点在しています。古い建物を保存しながら新しい用途で使う取り組みが各所で見られ、建築の保存と日常利用が両立している点が観察できました。

夜景・街灯・都市景観

ジョージタウンの夜は、ショップハウスの連なる通りに沿って街灯がともり、低層の街並みが浮かび上がります。高層ビルが密集していないため、夜景は派手な光の集合ではなく、二階建て中心の街区の輪郭が見える落ち着いたものでした。

姓氏橋(クラン・ジェティ)のあるウェルド・キー(Weld Quay)の海沿いは、夜になると桟橋の家々の灯りが水面に映ります。観光客が訪れる桟橋もあれば、生活の場として静かに灯りがともる桟橋もあり、時間帯によって雰囲気が変わります。

街区の壁画は照明で照らされている場所もあり、昼間とは異なる見え方をします。熱帯のため夜でも気温が高く、屋台や飲食店が遅くまで営業しているため、夜の通りにも人の流れが残っていました。

ペナン島の宿を探す

ジョージタウンは世界遺産地区の徒歩圏に宿が多く、ショップハウスを改装したブティックホテルからゲストハウスまで選択肢が豊富です。屋台や壁画めぐりを楽しむなら、世界遺産地区内に泊まると移動が楽です。

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おすすめ映画

『海墘新路』(You Mean the World to Me、2017年) 監督:ソー・テオンヒン(Saw Teong Hin)/製作:Astro Shaw

1970年代のペナンを舞台にした半自伝的なドラマで、ペナンの福建語(ホッキエン)のみで撮影されたマレーシア初の長編映画とされています。映画監督が故郷ペナンに戻り、家族をめぐる過去と向き合う物語です。撮影監督は香港映画で知られるクリストファー・ドイル(Christopher Doyle)が担当しました。ペナンの言語と家族のあり方を映した一本です。

おすすめ本

タン・トゥアンエン(Tan Twan Eng)著『The Gift of Rain(雨の贈り物)』(2007年)

ペナン生まれの作家タン・トゥアンエンのデビュー長編で、ブッカー賞のロングリストに選ばれた作品です。第二次世界大戦前後のペナンを舞台に、英国系と中国系の血を引く青年と、日本人外交官との関係を軸に物語が展開します。合気道や日本占領期といった要素が織り込まれ、ペナンという多文化の島の歴史的背景を描いています。マレーシアの近代史と、この島の複雑な立ち位置を理解する手がかりになる一冊です。

ペナンをもっと知る本・ガイドブック

旅の予習や、ペナンの歴史・文化を深めたい方に。

おすすめスポット

<現地>姓氏橋(クラン・ジェティ/Clan Jetties、ウェルド・キー) 福建省からの移民が姓ごとに築いた海上の木造集落で、現在も住居として使われています。桟橋を歩きながら、港町としての移民の歴史と現在の生活が地続きである様子を観察できます。

<日本国内で連想できる場所>神戸・南京町〜旧居留地(兵庫県) 開港を機に多様な人々が行き交い、中華街と西洋建築が近接して残る港町です。交易を通じて複数の文化が街区に重なった点で、ジョージタウンと重ねて考えることができます。

あとがき

ジョージタウンは、一つの街区のなかに複数の言語と宗教、食文化が重なって存在する街でした。モスクと中国寺院が隣り合い、屋台では言語が自在に切り替わる。自由港として開かれた歴史が、そのまま現在の街の構造に残っているように見えました。古い建物を保存しながら新しく使い直す動きも各所で進んでいます。交易が運んできた多様さが、街区の単位で今日まで続いている。そんな都市の層を、歩きながら確かめる時間でした。次回もまた、別の都市の日常を訪ねてみたいと思います。